2006-3-28

生きててよかった!






 今では笑い話ですが、実は23歳の頃に死にかけた事がありました。忘れもしないある年の9月の出来事です。彼(現:夫)と居酒屋へ行くとちょうど松茸フェアーをしていて、松茸雑炊がおいしそうだったので注文したのが全ての始まりでした。


 松茸雑炊はとってもおいしくて、2人でぺロっと平らげたのですが、少しずつ私の体に異変が起りはじめました。ちょっとおかしいなと思い、トイレに行った途端、まず嘔吐と下痢の症状が。それからすぐに呼吸困難になり、全身がケイレンを起こしはじめました。自分の肌を見ると、全身真っ赤で、頭が急にかゆくなって気がつくと爪を立ててかきむしっていました。酔っているにしては、チュウハイを1杯しか飲んでないのにおかしい。何で・・・???そうか、松茸・・・。

 小学校6年生の頃、父が松茸狩りをして、家でたくさん松茸を食べた事があったのですが、それ以来、なぜか松茸を食べると喉の奥がイガイガするようになっていました。でも、喉がイガイガする症状だけだったので、その後も食べる機会があれば食べていました。(ほとんどないですどね・・・。)トイレの中で、意識がもうろうとしながら喉の奥の痛みをしっかりと感じていました。全ての症状は松茸によるものだと確信しました。でも、もう手遅れ・・・。携帯はテーブルの上に置いてきたし、トイレの外に出る気力もない。

 トイレに行く時、私達のテーブルに揚げだし豆腐がやって来てたなぁ・・・。彼は、今頃おいしそうに揚げだし豆腐を食べているんだろうか?彼が揚げだし豆腐をおいしそうに食べる姿を想像しながら、私は死を予感していました。まさか、自分が23歳の若さで死ぬとは思ってもいなかったし、場所が居酒屋のトイレだなんて・・・。かっこ悪すぎる。私が死んでも、まさか松茸が原因だなんて誰も思わないだろうなぁ。きっと泥酔が原因だと思われる。もう、最低だ。少しずつ周りが見えなくなり、意識がなくなっていくのを感じました。目がまわり、星がちかちかと舞っていました。



 さようなら、私の人生。



 そう思った時、遠くでかすかな声と音が聞こえました。ドンドンドンとドアを叩く音。「大丈夫ですか~?」という女性の声。遠くではなく、近くでトイレのドアを叩いている人がいる。意識がもうろうとする中、最後の力を振り絞って、トイレのドアを開けました。トイレのドアを開けると、居酒屋の店員らしき女性が立っていました。かなり体格のいい人で、私を抱えてトイレから連れ出してくれました。畳の部屋に連れて行かれ、毛布をかけてもらいました。そして、そこには彼の姿が・・・。彼は、ぼーっと揚げだし豆腐をつまんでいたわけではなく、私の異変に気づき、居酒屋の店員さんに様子を見に行ってもらったようでした。

 
 無事、トイレから救出されたものの、居酒屋の店長の「どうされます?このままもう帰りますか?」の一言に、思わず「死にかけてんのよ。こんな状態で帰れるわけないじゃない!」と心の中で思いました。きっと、私の事酔っ払いと思ってるんだろうから仕方ないけど・・・。でも、こんな状態で帰れるわけないので、救急車を呼んでもらいました。初めて、担架で運ばれ救急車に乗りました。彼は、救急車の中でずっと私の手を握ってくれていました。トイレの中で1人でいた時は、私はもうこのまま死ぬのかもしれないと思っていたのに、彼が手を握ってくれているだけで、すごく安心感がありました。病院に運ばれ点滴などの処置をしてもらったおかげで、私はみるみると回復していきました。そして、半日入院してから無事帰宅。深夜、居酒屋の店長が病院に駆けつけてきましたが、私の心配よりもお店が営業を続けられるかが心配でやってきた様子でした。(まったく)

 私は、社会人になってからエビ・カニアレルギーとは認識していたものの、まさか松茸までアレルギーになっていたなんて思ってもみませんでした。この事件以来、松茸を見ると怖いし、匂いを嗅いだだけで、喘息のように咳が出ます。食べるとショック症状(アナフィラキシー)を起こす可能性があるので、あれ以来一口も口にした事がありません。私にとっては、松茸はまさに毒キノコなのです。

 
 それにしても、生きててよかった!生きている喜びを感じました。私は、23歳のこの時から、自分の人生を大切にしたいと思うようになりました。生きている事に感謝し、たとえ、失敗をたくさんしても自分の思う道を進む事を決意しました。1度きりの人生、後悔はしたくない。この23歳の自分が今の自分の原点だと思っています。最後に彼(現:夫)が、鈍感な人でなくてよかった。少しでも処置が遅れていたら・・・と思うと、ぞっとします。夫には、感謝!




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